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coquito

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NPBでプレーしたプエルトリコ人選手へのインタビュー

 
数多くのプエルトリコ人選手がこれまでNPBでプレーしている。
少し前の記事になるが日本でプレーした4人の投手へのインタビューが記事となった。
ざっくりと紹介したい。

ラモン・マルチネス(MDR Sports Management 社代理人)ペドロ・マルチネスの兄とは別人
「日本はピッチャーの場合メジャー経験があり肩の強い選手を探す。打者は3番から6番を打てる力のある選手だ。」
「1990年代にはレオ・ゴメスやペドロ・バルデスといった強打者がいたが、そういう打者はそういない。」

ディッキー・ゴンザレス(NPB:8シーズン)
「大震災の時、当時息子は4歳だったのだが今でも地震のことを話すと怖さを思い出す。
地震自体だけでなく放射能も恐怖だった。恐怖が無くなるまで我慢するしかなかった。」
「野球に関しては、アメリカでの野球に自信を無くしていた頃、日本生きを決めた。
日本での生活は素晴らしかった。野球の質、熱狂的なファン。すべてが良い思い出だ。」
「日本に最初に行った頃、親の付き添いのない7歳の少女が電車に乗っているのを見た。
でも後になってそれが日本では普通のことだと分かった。」

ジャンカルロ・(ジオ)・アルバラード(NPB:5シーズン)
「日本人はみんな似ている。やせていて同じバッティングフォームなので最初は背番号で区別していた。
顔も似ているし、背中の(日本人の)名前も自分には混乱していた。」
「日本での生活やプレーには魅了された。日本ではピッチングフォームのメカニクスを練習したり、
体力強化の練習が多かった。日本の他にこれほど練習する所は他にないのでは?
自分も野球の技術向上に非常に役に立った。来年日本に戻ってプレーしたいくらいだ。」

マリオ・サンティアゴ(NPB:1シーズン)
「日本ではアメリカと遠征の時のピッチャーの扱いが違う。
日本の場合、ビジターのシリーズで先発する予定が無ければ、
遠征に帯同する必要はない。残って他のピッチャーと一緒に練習する。」
「これは非常に良かった。ホームでピッチング練習するのは楽だった。」

ミゲール・メヒア(NPB:1年)
「言葉が一番難しい。球団は一人通訳をつけてくれるのだが、ずっとそばにいるわけではない。
通訳がいない時にはスマートフォンで訳するようにしていた。」
「(日本は)すごい経験だった。(ヤクルトの)ロマンから日本では野球がNo1のスポーツと聞いていて、
台湾から日本へ行くことを決めた。今シーズンは3イニングしか投げられなかったが良い経験だった。」

Brazos con cría boricua en Japón
NPBでプレーした選手

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